菊地直子(元オウム真理教幹部)の無罪確定、走る爆弾娘と呼ばれ17年間逃亡

菊地直子(元オウム真理教幹部)の無罪確定、走る爆弾娘、17年間逃亡

27日、元オウム真理教幹部の菊池直子被告(43)の上告審で検察側の上告が棄却され、無罪が確定しました

菊池被告は、1995年5月16日にオウム真理教が青島幸男知事宛に小包爆弾を送って都職員に重傷を負わせた東京都庁小包爆弾事件において、爆発物の原料となる薬品類を山梨県上九一色村の教団施設から都内のアジトに運んでおり、殺人未遂と爆発物取締罰則違反のほう助罪で起訴。

裁判では、菊池被告が薬品を運んだことは認めていることから、薬品から爆発物が製造されることを知っていたかどうかが争点となり、2014年6月の一審(裁判員裁判)では、懲役5年の実刑。

2015年11月の二審・東京高裁判決では、有罪の根拠となった井上死刑囚の証言について「不自然である」として逆転無罪となりました。

検察側は上告、25日付で上告が棄却されました。

菊池直子は、元陸上選手。

学生時代の菊池被告

学生時代の菊池被告

オウム真理教陸上競技部で大阪国際女子マラソンにも参加した経験があり、薬品類を運んでいたことからメディアから「走る爆弾娘」と呼ばれるようになりました。

2015年の無罪判決を受け、麻原彰晃の娘、松本麗華(アーチャリー)は以下のようにブログで言及していました。

わたしは菊地さんが、運んだ薬品が何に使われるかの「認識がなかった」というのは、本当のことだと信じています。

当時教団では、近い将来に世界戦争が起こると信じられていました。菊地さんは、そうなったときに自給自足していくために、農薬をつくる必要があり、その農薬の原料を運んでいるのだろうと、思っていたようです。

その他の罪は?

サリン事件及びVXガス事件については、不起訴処分となっており、今回の上告棄却により菊池被告は全面無罪となっています。

17年間の逃亡生活

菊池被告は、1995年5月の事件後に教団施設を抜け出し、高橋克也被告(57)らと潜伏。

1995年当時の菊池被告

1995年当時の菊池被告

1997年以降は高橋被告と川崎市内のアパートで、他人に成りすまして生活。

2007年からは、高橋寛人と町田市内で同棲。その後、相模原市内の土木工事会社所有の貸家で共に暮らしていました。

当時の潜伏先の様子

当時の潜伏先の様子

更に、菊地被告は2010年7月は、土木工事会社関連の介護会社に「櫻井千鶴子」として入社。週に1~2回ヘルパーの仕事をしていたといいます。

偽名を使って仕事をしていた菊地被告

偽名を使って仕事をしていた菊地被告

2012年6月3日に、高橋が親族に相談したことで、親族が目撃証言を警視庁に提供。菊池被告は、相模原市緑区の潜伏先に帰宅するところを捜査員に逮捕されました。

2012年当時の菊池被告

2012年当時の菊池被告

現在、菊地被告が潜伏してた建物は壊されており、空き地となっています。

なお、高橋寛人も2012年6月に犯人隠匿罪で逮捕され、有罪判決が出ています。逮捕時は41歳でした。

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